和歌山の森の移り変わり

私たちが暮らしている和歌山県はかつては木の国と呼ばれ、それが紀伊國の語源です
深い山に囲まれ平地が少なく、良材の紀州材を生産し、かつては熊野水軍の船にも利用されました
戦後の復興需要の高まりでスギとヒノキは高値で取引されました
​それも昔の話で、昭和の木材価格の下落とともに、産出量は減少しています

和歌山県に人がたくさん住み始める前の古来の森の姿は常緑広葉樹が主体で
そこにスギやヒノキの針葉樹が入り混じった森でした
降雨量も多く温暖なので山奥に一歩入れば、現在でも屋久島の苔むす森のような風景に出会えます


やがて人が多く住むにつれ雑木林といわれる落葉樹の森が里の周りに広がっていきました
落ちた葉は腐葉土として肥料になり、木は生活の燃料になりました
これらの里山はキツネやタヌキの中型の動物や昆虫が住みやすい環境でしたが
古来からの常緑広葉樹林は人の手によって里山にどんどん姿を変えていきました
やがてニホンオオカミが絶滅に追いやられます

この辺りのことを体感的に理解したい人は
ジブリの「もののけ姫」に古来の森がシシガミの森、エミシ村とタタラ場が里山。と分かり易く描かれているので一度ご覧になってみてください
また、「となりのトトロ」に描かれている風景は雑木林を主とする里山ですので参考になります

江戸から昭和にかけて木材の需要が高まり、常緑広葉樹は山奥にどんどん押しやられ姿を消し
代わりにスギとヒノキの植林が増えていきました
このころはまだ植樹林の手入れが行き届き、昆虫も動物も住むことができました

戦後の復興と高度成長期が始まると燃料は石油と電気に急速に代わり
住宅地と植林地として里山は開発され、役目を無くした雑木林は姿を消していきました

昭和30年代、あまりの木材需要の高まりに国内木材が不足しウッドショックが起きます
昭和30年代後半から外材の輸入が盛んになり昭和48年に日本の木材需要はピークに達しました
県内では昭和40年に輸入材が半分を占め
昭和40年代後半には需要に対する輸入材が80%を占めるようになりました

それから後は木材需要のピークが過ぎ、外材の価格に押され、林業は衰退の一途を辿ります
人々は生活に里山を必要とせず、国産木材を必要とせず、
放置された植林の森は倒木等が起こり闇が深くなり死んだ森になりました

わずかに残された里山や常緑広葉樹森もニホンオオカミがいなくなり
天敵のいなくなったシカが大量に増え幼苗や低木を全て食べて森が育たなくなりました

現在、和歌山県だけじゃなく日本全国で健全な森が姿を消しています

 
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一般社団法人 熊野サムハラ LOCO GREEN